きもの処 三河屋は、静岡県静岡市葵区の呉服店です。伝統の文様に創意工夫を施した一味凝った名品を取り揃えて、あなたのご来店をお待ちしております。

有限会社三河屋宗蔵
〒420-0831
静岡県静岡市葵区水落町16-16
TEL.054-245-7737
FAX.054-245-7738

定休日なし
10:00〜19:30
駐車場有
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・着物 帯
・仕立て
・おしゃれ着
・フォーマル

・普段着着物

・メンズ着物

・木綿着物
・着物リメイク
・パールトーン加工等、
  きものに関する加工全般
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三河屋の沿革

 

三河屋の沿革

三河屋の沿革
 
明治7年秋 静岡市下横田町の大工宗蔵が呉服太物を商いはじめ、まもなく市内呉服町六丁目に丸久三河屋をかまえたと伝えられる。
二度の大火、戦災での全焼を経て、資料が残されていない。

初代宗蔵は墓誌によると40歳をすぎて呉服商をはじめたことになっている。
明治維新をへて、新しい時代に希望を持って商いの道に踏み出した新種の気質は、その後、孫がアメリカに渡り住んでいった事にも通じる。

二代目宗蔵は掛川から養子に迎えられた。
その弟、松下貞通は日蓮宗に出家し身延山で修行し、市内駿河区池田の清龍山本覚寺の住職となった。法名を寂照院日観聖人という。

三代目となるべき長谷川孝一は36歳で興津川での事故で早世。
その妻つるは沼津の内田家で生を享け、原の甲田家の養女となり三河屋に嫁す。
戦前戦後の激動の時期を一男三女の母として、義父をたすけ、稼業に精進。三河屋を大きく発展させた。

四代目長谷川宗一郎は事故により左腕を失い、隻腕でありながらスクーターを運転、スキーが得意と多彩な人であったが、高度成長に向かう時代、用品部門に進出、ビル建設など経営的な失敗で丸久三河屋は倒産する。

丸久三河屋の最期が近づいた頃、宗一郎の妹米子とその婿にあたる勝之助は三代目つると共に市内水落町にてきもの処 三河屋を始める。
これをもって勝之助は三河屋の五代目となる。

現在勝之助と米子の長男、長谷川雅章が六代目として、妻紀代美・娘安代とともに、きもの処 三河屋、有限会社三河屋宗蔵を守っている。
<<有限会社三河屋宗蔵>> 〒420-0831 静岡県静岡市葵区水落町16-16 TEL:054-245-7737 FAX:054-245-7738